項羽と劉邦 - 人を惹き付ける力

項羽と劉邦 (上) (新潮文庫) 項羽と劉邦〈中〉 (新潮文庫) 項羽と劉邦〈下〉 (新潮文庫)
司馬 遼太郎(著)

いつも読んでいるブログ「横浜ほんよみ生活」さんの記事にローマ人の物語 ローマは一日にして成らずというのがありました。

ローマ人は、知力ではギリシア人に劣り、体力ではケルト人やゲルマン人に劣り、技術力ではエトルリア人に劣り、経済力ではカルタゴ人に劣る。それでも大帝国を築けたのは、あらゆる仕事を一番得意な人に任せたからだそうです。

これを読んで、小説『項羽と劉邦』を思い出しました。『項羽と劉邦』は紀元前3世紀の中国を舞台にした歴史小説です。秦の始皇帝が没してから、劉邦が漢帝国をつくりあげるまでの争乱が描かれています。

劉邦は農民の子から出世して皇帝になります。でも、とくにすぐれた能力を持っているわけではありませんでした。なまけもので、女好きで、酒好きで、なにをやっても適当です。

たとえば、こんなことがありました。劉邦が国の命令で囚人たちを護送していたときのことです。囚人といっても、連帯責任でしかたなく囚人となった者や、儒学の本を読んで捕まった者などです。

護送の途中、囚人たちは劉邦の目を盗んでどんどん逃げていきました。期日までに囚人を届けないと、劉邦は死刑になってしまいます。困った劉邦は残っている囚人たちに言いました。「おまえたちも逃げろ。おれも逃げる」 こうして劉邦はしばらくの間、山に身を隠して暮らすようになりました。

そんな危なっかしさが妙に人を惹き付けるのか、劉邦のまわりにはたくさんの才能が集まってきます。政治の天才、軍事の天才、権謀術数の天才など、各分野の一流どころが、劉邦を慕ってあつまり、彼の野望をささえます。

今うっかり「野望」と書いてしまいました。でも、劉邦が天下取りの野望を本当に持っていたのか、あやしいものです。項羽に負けたくない、項羽が怖いという一心で、戦っては逃げ、戦っては逃げを繰り返していたような気がします。

実際、劉邦は大ピンチになると「おれはもう怖いから、誰かリーダーの座をかわってくれ」とパニック状態で騒ぎ出し、部下たちから「おいおい…」とたしなめられるようなこともありました。それがまた魅力なんですが。

とくにすぐれた能力もなく、何のとりえもない劉邦ですが、彼に唯一の武器があるとすれば、それは「人を惹き付ける力」でした。そして歴史が証明している通り、この力の前では、どんな才智も剛腕も無力でした。

文芸評論家の谷沢永一氏は『時代小説作家ベスト101』の中で、名作ぞろいの司馬遼太郎作品から一つだけ代表作を選ぶとしたら『項羽と劉邦』を挙げる、と書いています。

そういえばまったく歴史に興味の無かったぼくの友人も、なぜかこの小説だけは「おもしろい」といって最後まで読んでいました。劉邦の人を惹き付ける力は、こんなところでも健在だったんですね。

項羽と劉邦 (上) (新潮文庫)
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夏草の賦 - 長宗我部元親

夏草の賦 [新装版] 上 (文春文庫) 夏草の賦 [新装版] 下 (文春文庫)
夏草の賦 [新装版] 上 (文春文庫)
夏草の賦 [新装版] 下 (文春文庫)
司馬 遼太郎(著)

四国の戦国大名・長宗我部元親の歴史小説。

四国・土佐の片すみに生まれた元親。彼は武力と調略を駆使して近隣を平定し、やがて四国の覇者となります。いずれは京に旗を立てたい、と野心に燃える元親でしたが、行く手にはあの信長、あの秀吉が待ち構えていました――

みどころは2つあります。ひとつは、わずか一郡の領主でしかなかった元親が、知勇ないまぜの奮戦で、土佐一国、四国全土を席巻する興奮。

もうひとつは、信長や秀吉が暴れまわる「中央」の政局・戦局が、「地方」の土佐の側からはどう見えていたのかという面白さです。

at 12:09, あーりー, 司馬遼太郎

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最後の伊賀者 - 司馬遼太郎(著)

小さい頃、よく忍者ごっこをしました。ティッシュを床に敷き詰めて、その上を破らないように走る訓練もやってみたことがあります。親に怒られました。

新装版  最後の伊賀者 (講談社文庫)
新装版 最後の伊賀者 (講談社文庫)
司馬 遼太郎(著)

忍者といえば服部半蔵が有名です。半蔵には正就という息子がいました。その正就の没落を描いた短編小説が『最後の伊賀者』です。

正就は偉大な父の死後、そのあとを継いで忍者たちのリーダーにおさまります。しかし、ひと癖もふた癖もある忍者たちを服従させるのは、容易なことではありませんでした。

冒頭。正就は小姓に足の爪を切らせています。小姓があやまって爪を深く切ってしまうと、正就は怒って小姓の腹を蹴り飛ばし、「舐めろ」と言って深爪した足の指を小姓に舐めさせます。

この小説をはじめて読んだのはもうずいぶん前のことですが、最初に読んだときはこのシーンのおかげで「正就は悪いやつ」という印象をもったような気がします。正就と忍者が対立したときには、正就に反発する忍者たちのほうを応援していたと思います。

でも最近読み返してみて、まったく違う感想を持ちました。

戦国時代が終わって徳川の支配が固まりつつある時代の話です。世の中が大きく変わろうとしています。歴史的な変化の中で、それぞれの立場が違えば利害がぶつかります。

正就と忍者たち、どちらが悪いわけでもない。立場が違うだけなんだ。と、それはわかっていつつ、なんだか正就に同情してしまいました。

at 17:33, あーりー, 司馬遼太郎

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義経 - 司馬 遼太郎(著)

義経〈上〉 (文春文庫) 義経〈下〉 (文春文庫)
義経〈上〉 (文春文庫)
義経〈下〉 (文春文庫)
司馬 遼太郎(著)

戦国でもない。幕末でもない。平安です。

戦国時代や幕末の歴史小説ばかり読んでいた僕は、たまには違う時代のものも読みたいと思うようになっていました。下剋上や尊王攘夷の熱気から、一度離れたかったのかも知れません。

手に取ったのが『義経』でした。平安時代を舞台にした小説です。戦国や幕末とは違った、ひんやりとした上品な空気感がありました。それでいて主人公は、戦国武将や幕末の志士にも負けない英雄、義経です。僕の読書欲を縦横ぴったりに満たしてくれる作品でした。

義経はある男にそそのかされたことがキッカケで英雄への道を歩み始めます。そして信じる者のために戦います。しかし、その先には悲劇的な結末が待っていました。

義経の「キッカケ」と「結末」。それらを一歩下がって眺めてみると、何が良くて何が悪かったのか、わからなくなります。わからなくなるので、もう何だっていいやと思えてきます、これはプラスの意味で。

キッカケは何だっていい。結果だって、悲劇でも喜劇でもかまわない。ただ「今」をまっすぐまっすぐ進んでいけたら、それはそれでいいのかも知れない。当時の僕はそんなふうに考えることで、お節介ながら義経を慰めたつもりになっていたような気がします。

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at 17:16, あーりー, 司馬遼太郎

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関ヶ原 - 司馬遼太郎(著)

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司馬 遼太郎(著)

1999年。僕は痔で入院していました

病室では、とくにすることがありません。退屈なので、たくさん本を持ち込みました。その中のひとつが、この『関ヶ原』です。おなじ病室内で本を回し読みすることがあったのですが、この作品はとても評判が良く、順番待ちができるほどでした。

タイトルの通り、関ヶ原の戦いを題材にした歴史小説です。天下分け目の戦いだけあって、当事者の真剣さは尋常ではありません。武力衝突よりも、そこに至るまでの東西両勢力の巧妙な駆け引きに多くのページが割かれています。

槍も鉄砲も使わないIQ戦争です。自分の一挙一動がどういう重みを持って人々に伝わり、どんな形となって世論を動かしていくのか。それを知り尽くした男たちの壮絶な知能戦は刺激十分でした。

はてしなく手の込んだ駆け引きを見ていると、ビリヤードを思い出しました。第1の玉をついて第2の玉を転がし、第3の玉をポケットに落す。先の先の先を読んだものが勝つ権謀術数のぶつかりあいです。

at 14:04, あーりー, 司馬遼太郎

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国盗り物語 - 殺すも正義 盗むも正義

国盗り物語〈1〉斎藤道三〈前編〉 (新潮文庫)
国盗り物語〈第1巻〉斎藤道三 編
司馬 遼太郎(著)

池波正太郎の『信長と秀吉と家康』でスムーズに歴史小説の世界へ入り込んだ僕がつぎに読んだのは、司馬遼太郎の『国盗り物語』でした。

『国盗り物語』に出会うまで、僕は主人公が悪の小説を読んだことがありませんでした。しいて言えばモーリス・ルブランの『怪盗ルパン』シリーズくらいなものですが、アルセーヌ・ルパンは怪盗紳士というだけあって、やはり紳士です。本当の悪ではありません。人も殺しません。

しかし『国盗り物語』の主人公・斎藤道三は違います。

殺すも正義。盗むも正義。
そういう世界です。ピカレスクに免疫のなかった僕が、戦国小説の中でも最高のピカレスクを読んでしまったわけですから、すぐにその魅力に取りつかれてしまいました。

『国盗り物語』は前半と後半で主人公が変わります。それも僕にとっては楽しい初体験でした。この物語は全部で4巻あります。前半、つまり1巻と2巻の主人公は斎藤道三です。後半、3巻と4巻の主人公は織田信長となっています。

国盗り物語〈第1巻〉斎藤道三 編
国盗り物語〈第2巻〉斎藤道三 編
国盗り物語〈第3巻〉織田信長 編
国盗り物語〈第4巻〉織田信長 編

後半の織田信長編では、同時代人とかけ離れた信長の思考に魅了されました。例えば…

信長は明智光秀に比叡山の焼き打ちを命じます。しかし光秀は仏像を焼くなどとんでもないとして、焼き打ちに反対しました。信長は不思議な動物をでも見るように光秀を観察していましたが、ふと顔をのぞきこんで次のように言いました。

「そちは知らぬとみえるな、あれは」
 と、さらにふかぶかと光秀をのぞきこみ、
「金属と木で造ったものぞな」
 真顔でいった。
信長は親切にも、仏像のつくりを光秀に教えてあげたのです。光秀もそんなことは知っています。問題はそこではないのです。信長にはそれがわかりません。天然です。天才と天然は紙一重なのだと、非常に面白く読んだ覚えがあります。

信長と周囲との感覚のズレ。そのズレによって周囲が振り回されます。信長には周囲を振り回しているという自覚はありません。ただ目的に向かってまっしぐらなだけです。それだけに事態は深刻でもあり、滑稽でもあり、狂気すらおびて見えます。

家臣・明智光秀の視点が多く取り入れられているため、信長的な思考と教養人たちの常識とのコントラストがいっそう鮮明になっています。

at 15:33, あーりー, 司馬遼太郎

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歳月 - 司馬遼太郎とシャア・アズナブル

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司馬 遼太郎(著)

反乱。

僕は子供のころ、反乱を起こすことに憧れていました。理想のために立ち上がってひと暴れする華やかさ。そういうのが好きでした。でも、とくに何か特別な思想をもっていたわけでは全然ありません。

ただ単に当時公開された映画『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』のシャア・アズナブルに憧れていただけだったのだと思います。念のためもう一度言わせて頂きますが、子供の頃の話です。

さて。

司馬遼太郎の『歳月』です。佐賀の乱で歴史に名を残した江藤新平が主人公の小説です。

江藤新平は幕末から明治にかけての政治家で、じつにスリリングな生き方をした人物です。

彼は九州・佐賀藩の人間です。幕末の風雲を観察するため、脱藩という大罪を犯して京にのぼり、若き日の桂小五郎(のちの木戸孝允)や伊藤俊輔(のちの伊藤博文)と会います。

幕末の京都には、全国から優秀な人材が集まっていました。しかし江藤は思います。

「この江藤新平に及ぶものはおらぬ」

京都に見切りをつけた江藤は、佐賀藩に戻ることにしますが、伊藤俊輔に引きとめられます。一度脱藩した身である以上、佐賀に戻れば死が待っているからです。それでも江藤は帰るといい張ります。

江藤は、ある秘策をもっていました。このピンチをチャンスに変える秘策です。彼は一世一代の賭けに出て、一気に権力の座へ近づこうとします。

江藤はとても頭のいい男です。絶体絶命の中にも希望を見つけます。進んで虎穴に入って、大きく飛躍することを望みます。

「江藤新平、あれはおどろいた才物だよ」

とは、勝海舟の言葉です。あまり人を褒めない勝がこうまで言っているわけですが、つづきがあります。

「ピリピリしておって、じつにあぶないよ」

江藤は傑物でした。しかし、その鋭利な頭脳が、最後には彼自身を傷つける凶器になってしまいました。


反乱にまつわる歴史小説を読むのが好きです。反乱そのものが好きというよりも、反乱に憧れていた無邪気な少年時代を懐かしみたいのかも知れません。反乱という言葉に込められたあのワクワク感を、僕の心臓は今でもはっきり覚えているようです。

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at 08:25, あーりー, 司馬遼太郎

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覇王の家 - 家康とナポレオンとゴッドファーザー

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司馬 遼太郎(著)

ゴッドファーザー。

その音楽が、頭の中に流れています。

覇王の家』は、徳川家康が主人公の歴史小説です。

これを読むと、いつもフランシス・コッポラ監督の名作『ゴッド・ファーザー』を思い出します。

ゴッドファーザー』はパート1、パート2、パート3とあります。『覇王の家』を読んで思い出すのはパート2です。パート2では、若き日のゴッド・ファーザーが描かれています。

ゴッド・ファーザーも、最初はありふれた一市民でした。それが次第に頭角をあらわして、闇社会のボスにのし上がっていきます。彼がどんなプロセスを経てゴッド・ファーザーになっていったのか、そこが面白いんです。一種の立身出世物語ですね。そういった姿が、家康と重なります。

もうひとつ。ナポレオンです。

覇王の家』を読むと、ナポレオンのことも思い出します。

ナポレオンはフランス革命の混乱から世に出て、各地で連戦連勝し、ヨーロッパのほぼ全土を支配しました。

中学生の頃の僕は、そのあざやかな英雄ぶりに魅了されて、一気にナポレオンのファンになりました。同時に、歴史の不思議さにも惹かれていきました。ひとりの人間があんなにも大きく世界に影響を与えたということが、衝撃的でした。

僕はナポレオンの最盛期よりも、どちらかというと世に出るか出ないかの若い頃に興味があります。いったいどんなふうにして世に出てきたのか、という部分が気になります。人類史にあれだけ大きな影響を与えた人物の、最初の一歩はどんなふうに踏み出されたのか、そこが醍醐味なんです。

最初の一歩。

小説『覇王の家』でも、家康の最初の一歩が描かれています。最初の一歩を踏み出した家康が数々の戦いを経て天下を統一し、没していくまでの雄大な物語です。

もともとは無力な一武将だった家康が、時流と才覚によって大物に成長する。この不思議さがたまりません。

もっといえば。

覇王の家』は、家康個人ばかりでなく、徳川家そのものの発祥にも触れています。つまり、家康の第一歩だけではなく、さらにさかのぼって徳川家の第一歩からつづられています。

徳川家の祖先も、最初は無力な存在でした。徳川家はもともと松平と名乗っていたわけですが、その祖先は三河の山奥のキコリでした。

ここに親氏(ちかうじ)という人物があらわれて、キコリ集団を戦闘員に組織し、少しずつ領土を広げていきます。

これが覇王の家の第一歩です。

この家系がやがて日本全土を支配する家になろうとは、このときはまだ誰も知らなかったわけですから、歴史は本当に面白いと思います。

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at 08:24, あーりー, 司馬遼太郎

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箱根の坂 - 史上初の戦国武将

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司馬 遼太郎(著)

コロンブスの卵。

数ある戦国武将の中でも、コロンブスのように卵を立てることができた人物は、2人だけだったと思います。

ひとりは織田信長。天下統一という途方もない夢を本気で実現しようとした最初の戦国武将です。

もうひとりは、この小説の主人公・北条早雲。ご存じ、戦国武将の第一号。日本で最初に、戦国武将になった男です。

早雲が世に出たとき、戦国武将と呼ばれる人間はまだ地上のどこにも存在していませんでした。もともと彼は、ひっそりと生きてひっそりと死んでいくはずの人間でした。

早雲は長引く戦乱を追い風にして東国へわたりました。それが早雲の転機となります。彼はそこで才覚をあらわし、またたくまに伊豆を切り取りました。

歴史上、最初の戦国武将の誕生です。その後、早雲は智謀と人望を武器に新時代のヒーローとなり、夢は大きく、関東制覇を目指します。

早雲がどのようにしてコロンブスの卵を立てたのか、そのプロセスが楽しめる小説です。

僕たちの身近にも、誰にも立てられずに転がっている卵があるのだと思います。ちょっと周りを見渡して、そんなものを探してみたくなる作品でした。

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at 11:50, あーりー, 司馬遼太郎

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燃えよ剣 - 司馬遼太郎

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司馬遼太郎(著)

「刀は美人よりもうつくしい」

主人公、土方歳三の言葉です。

幕末の京都で活躍した戦闘集団・新選組。その副長をつとめた剣の達人が土方歳三です。

彼は志士でも政治家でもなく、ただ「職人」であろうとしました。組織づくりの「職人」として、新選組を天下第一の喧嘩屋に育て上げようとしました。

思想とか、政治とか、天下の情勢とか、そういったものには目もくれず、純粋に「職人」として仕事に打ち込む。その凛とした姿勢は、刀よりもまっすぐに輝いています。

歳三は新選組局長の近藤勇にいいます。

「われわれは、節義、ということだけでいこう」

日々動く政治というものに左右されていては腰がぐらついて定まらず、何度も変色しなくてはいけない。だからそれには左右されず、ただ節義一本で自分たちの本領に打ち込もう、と。

スラリとのびる刀のうつくしさが、歳三のまっすぐさと重なりました。刀は人を殺す道具です。ただ人を斬るためだけに存在する。その単純さが美しいと歳三はいいます。

節義一本に生きようとする歳三も、刀とおなじように美しいと感じました。

燃えよ剣』はDVDにもなっています

■土方歳三 関連
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at 20:36, あーりー, 司馬遼太郎

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